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DATE : 2019.07.08
「できなかった」と 「やらなかった」は 大違い
研修に来ているナビゲーターや養成生には、
次の研修までの2か月に実践する課題を与えている。
そして次の研修の3日前に、その課題の実践報告をFAXする。
それを読んでその人の成長度を見ていくのだが、
その中にはこんな報告もある。
「忙しくて実践できませんでした」だ。
そのFAXを読んだとき、そのFAXを出した本人にこう言った。
「言葉を変えなさい。 忙しくてできませんでしたではなく、
忙しさを理由に 私はやりませんでしたと」
この言葉の違いは大きいぞ。
それは何故か。
「できませんでした」は他者や環境のせいにしている。
「やりませんでした」は自己の責任だ。
「できませんでした」と言った人は、次の課題も
出来ない理由を他者のせいにして、
「今度もできませんでした」と言うだろう。
そうして人生が続き、他者に翻弄され、
他者の流れに巻き込まれ流されて、息を引き取るだろう。
そんな人生を「反応的人生」という。
他者の行動や言動に、反応して行動するだけの人生だからだ。
しかし「やりませんでした」と言う人は、
「やらなかった自分を恥じ、二度と同じ状態にならないと決心する」
これを「自主的人生」という。
この「反応的人間」と「自主的人間」の違いは歴然。
「自主的人間」の人生には、一切の愚痴、不平不満、後悔、恨み、ねたみ、は存在しないストレスのない人生が約束される。
全ての結果に対して自己責任を取るので、うまくいってもいかなくても全てが学びになり、自己成長の肥料となる。
単純な言葉遊びのように思うかもしれないが、
今後「できなかった」という言葉が出そうになったとき、
「やらなかった」に置き換えてみてはどうか
それができたら、おそらく違う人生になるだろ
見える世界も違ってくる。
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