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DATE : 2022.12.27
私のコロナ闘病記
○○です。私のコロナ闘病記です。
8月17日から時間差で両親がコロナになり看病もあり、3週間お休みしました。
父は未だに後遺症あります。
仕事復帰後、1週間の激務の末に疲労がピークに達して、9月12日に私自身もコロナ陽性になりました。その後遺症で10月17日のお仕事復帰まで約1ヶ月寝たりで、外に出たときは季節が変わっていました。
コロナ最中は37.8℃の微熱が続きましたが、薬は飲まず氷枕だけて熱を下げて行きました。
ただ脱水症状が止まらず、4日目には発熱外来に救急車で運ばれて点滴を受けました。
この時の体温は37.2℃でほぼコロナは治っていると言われたのですが、微熱は続きますし、喉は焼け付くように痛く、吐くは下痢はするわで、下痢が終わると今度は便秘。
胸は痰が詰まり息がちゃんと出来ませんでした。
鳩尾には何か詰まっているような感じで、食べ物は固形物は全く受付ず、
上半身と下半身が分断されているかの如く、上半身は背中が燃えるように熱く、下半身は氷のように寒く、体は鉛のように重かったです。
口は甘く食べ物の味は苦く、石鹸や洗剤は倍程に臭く感じました。
味はしなくて、だだ口の中でモサモサするだけでした。
熱のある時はスイカしか食べられず、後遺症の時は母が作った野菜スープ(カボチャ、玉ねぎ、キャベツ、人参等)と人参とりんごのジュースしか食べられる物はなく、ほぼ1ヶ月間は固形物は食べられない状態で6キロ痩せました。
あまりにしんどいので、大きな病院でレントゲン、採血、心電図という検査を受けましたが、数値的には全く悪いところも合併もなく、お医者様には何もしてあげることありませんと言われ帰されました。
物凄く喉が乾き、2リットル6本入りを1ヶ月半で10ケースを飲み干しました。
大便も出なくて、オシッコも無色透明で、背中は燃えるように熱いと言う辛い毎日でした。
口コミで知った耳鼻咽喉科にいったら、「アレルギーです元々何かのアレルギーがありましたよね」
といわれ、喘息と副鼻腔炎のお薬を貰って飲み始めてから回復してきました。
1ヶ月以上寝たきりだと足腰が弱り、老人ぐらいの早さでしか歩けませんでした。
仕事に復帰する3日前から近所をお散歩して、筋肉を付けていきました。
背中が燃えるように熱いのは、ホットフラッシュでコロナの熱で火がついたようです。
女性ホルモンを補うエクオールの大豆系サプリメントも飲み始めました。
お薬が無くなると普通の風邪を引き、最後の毒素(お薬の毒素も)が出ました。
ここから徐々に普通に戻っていきました。
大便が出ると肺が楽になり、一日一日治っていきました。
先生が「経絡では肺と大腸はリングのようにつながっている」といわれていた事を
身を持って体験しました。
熱がなくなったあと、体の水分が飛んで肌がガサガサのシワシワに。
髪は油がなくなりキシキシになりました。
今も毎日、野菜スープをお味噌にして、うどんを半分入れたうどんお粥をランチジャーで持参。
人参リンゴジュースも毎日取っています。体重は戻りましたが瑞々しさも戻ってきました。
脱毛、喉枯れや目眩といった後遺症が残っています。
あまりに脱毛が酷いので、お昼休み太陽の下でランチをしたら髪が艶々になりました。
陽の気ですね。
最近まで一分間の息止めをすると、まだ喉がイガイガして咳が出て止めてられなかったし、30秒呼吸法は肺が膨らまない感じでしたが、漸く最近出来るようになりました。
経絡呼吸などを意識的にやっていると、息を吐く時に頸椎や腰椎や膝がコキッと鳴ります。
目眩も呼吸法のあとは軽減します。
今はコロナで強制的断食で毒素が出だのと、水分補給食事で柔らかい体になっています。
ありがとうございました。
矢上 裕です。 何とも壮絶なコロナ体験記で、良く観察して書いています。
ダイアリー読者の皆さんの参考になりますね。
彼女が体験した症状を中国医学的に説明するとこうなります。
- 仕事の過労で肺のエネルギーが低下して、免疫機構が働かなくなった。
- そこへコロナが侵入した。
- コロナと戦うためには、熱が必要で、発熱するために身体の水がエネルギーとなって使われるので、水不足になったし、便も乾燥するので便秘になる。 それで大量の飲み物を飲んだ。
- あまりにも脱水が続いてしまったので、腎虚(腎のエネルギーが枯れること)になってしまった。
- 腎虚になると老化が進み、髪の毛が抜けたり、足腰が痛くなったり、皮膚が皴になります。
そこで今の回復期ですが、うどんのおかゆよりも 米のおかゆにした方がいいでしょう。
そして失われた腎のエネルギーを回復するために、黒豆がよく効きます。
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