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DATE : 2019.05.14
教育と体育は、人を育てる言葉で競争ではない。
高校時代の数学の時間、私は思っていたことがある。
「この無駄な苦痛だけの時間から解放される。それだけで早く成人になりたい。成人になったら本当に自分が追求したい勉強がしたい」と。
そしてこうも思った。
この高校生という多感な時期に、ほとんどの時間を受験という記憶力競争だけに費やすことで、無能な社会人しか生まれない。と。
今日の日記は私の愚痴を聞いてくれないか。
教育とは教えて育てること。
体育とは、身体を育てること。
それが教育ではなく、受験という競争
体育ではなくスポーツという競争。
そんな人が大人になったらどうなるか
困難を乗り越える術を知らず、身体の異常を感じることもない、自分でやるべき事、乗り越えるべきことを、医者に丸投げする人しか生まれない。
教育も体育も他者と争う為にあるのではなく、困難にある時、自分の内面深く観察し、考え、答えを導き出すその知恵を教えるものなのだ。
私は研修をしていて思うことは、受講生が必死でメモを取って覚えようとする姿に受験生の悲しみを見る。
「心で聞き、感動せよ」と思うのだが、記憶力が知力と勘違いしている人には通じない。
学ぶのは5つの段階がある。
1、聞いて知っているだけの学び
2、脳で理解して、人に伝えられるレベル
3、腑に落ちて、学びを生活に取り入れる。
4、感動して、人生が変わるレベル。
5、世界の人へ、後世へ残していくレベル。
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